わたしはわたしを誇りに思います
2026.01.04更新
新年4日目。昨夜はスーパームーンで、素晴らしい満月でしたね。高一の孫のるい君が外に出て、星空と月を撮影して、「おばあちゃん、すごい星だね」と興奮気味に語ってくれました。
るい君はふらっとひとりで散歩して、霧島の良さを再確認しているみたいです。あちこち写真を撮って、お友達に見せるのかな?田舎より都会が好きというるい君は、スタバロスだ、と言って、昨日は、るい君、れなちゃん、ユタカ君ときみちゃんの4人で、姶良イオンまで出かけて、スタバどっぶりしたら、落ち着いたのか、田舎の風景をかえって楽しんでいるようです。
きみちゃん、元日からおせち料理など、いろいろ作っております。みんなよく食べてくれて、昨日は、イオンからの帰り道でパンを買いたかったのですが、買いそびれたら、ユタカ君が塩パンを焼いてくれて、それがまた大好評。とっておきのクリームチーズとともに頂きました。
元日はゆっくりと過ごし、きみちゃんはいつもの祝橋温泉にひとりで行けました。娘一家は霧島神宮にお参りしたり、と気ままにやっておりますが、あまりの寒さに帰ってきた、と言っておりました。
2日もまた神宮に出かけたものの、やはり寒くて、早々に帰ってきてました。車を置かせてね、と言って、月の舟に立ち寄ってくださったSさんたちもお参りが寒くて、早々に月の舟に戻られました。外には雪がチラついています。その美しいこと。
Sさんたちにおせちとお雑煮をお出ししたら、大変感激してくださって、来年は、これを予約したい、と言ってくださって、きみちゃん、超嬉しい。一人用のお重箱に詰めるとまた雰囲気が出ますね。さらに葉らんなどを敷くとまた豪華になります。
元日の朝は、お重に詰めて、夜はお皿に盛って、しかもれなちゃんが盛り付けをしてくれて、なかなか美しいおせち皿ができました。
きみちゃん、大量の料理をひとりで作るのはそんなに苦じゃないのよね。20人から30人分まではひとりで料理できるかな。昨夜も作ってあった塩豚でポトフを作り、今、このブログを書きながら、コトコト煮ているところ。そういう時間が好き。
さて、今日のテーマにしたいのは、ほんとうの自分を生きる、とはどういう感じか、ということ。
ほんとうの自分って、なかなかわかりませんよね。怜子さんが言われる「自分の中心に還る」。それもまた、自分の中心って何?って思いますよね。
きみちゃんが思うに、自分の中心とか、自分軸とか、突き詰めれば突き詰めるほど複雑になる感じがするので、ちょっとシンプルにしてみました。
つまり、自分を大好きになるってことです。自分を誇りに思うってことです。いえいえ、わたしなんて、そんな大した人間じゃございません、って言葉を捨てるのです。
わたしって、凄いんです。わたしって、最高傑作なんです。わたしって、天才なんです。そんな言葉が言えるってことが、ほんとうの自分を生きるってことじゃないかな。
だって、どの人も、ほんとうの自分は神様なんですからね。たとえば、へまをしちゃったとき、失敗したとき、ああ、わたしってなんてポンコツなんでしょ、とため息をつくとき、ため息をつくのをやめて、「ま、しゃあないな。こんなポンコツのわたしも可愛いわ」と褒めてあげる。褒めないまでも、自分を責めない。
女神きみちゃんは、「どうしてそんなに元気なのですか?」とよく質問されるのですが、元気の素は、落ち込むときに、落ち込まないで、「ま、いいか」とか「ま、頑張ったし」「ま、こんなもんかな」と自分を許すようにしているからかも。
もちろん、他人のせいにもしないけど、その反動で自分を責めることもしない。ま、こんな運命だったんだ。ま、こんなもんでしょ、という思考に自分を持っていきますね。
罪悪感を持つことが徳のひとつと思い込んでいる方も多いのですが、罪悪感は全捨て。きみちゃんも前回のブログで母への感謝が足りなかったことを悔やみましたけど、それも一瞬です。
先ほど、とーま君がきみちゃんの書斎でいたずらをして、きみちゃんのお習字の掛け軸に小さな穴をあけちゃいましたが、その掛け軸は母が大事に取ってくれていた、きみちゃんが小学生、中学生のときに書いたお習字の掛け軸です。「推薦」という金色の紙が貼ってあって、賞をもらったお習字です。
それをるい君やれなちゃんたちみんなにも見せていると、「ああ、かあちゃんはどんなにかきみこのことが自慢だっただろうか。それって、大きな親孝行だったよね」と思えました。
きみちゃんは、母からの遺伝で、なんでも上手に無理なくできる体質なんですね。お習字、絵画、別に苦労もなく、頑張った思い出もなく、ただただ集中してお習字とかしていると、上手に書けて、みんなに褒められたのでした。
妹や弟の分もとってあって、弟に言わせると、いつも母が手を取って書かせていたらしく、きみちゃんは全くそれはなかったので、天性のものでもあっただろうし、お習字が楽しかった思い出だけがあります。
武田双雲さんが、きみちゃんの時代に生まれていてくれたら、きみちゃんもあのような書道家になったかもしれませんが、運命は、きみちゃんを文学の道に誘い、女神ヒーリングを天職とする道に導いてくれています。
宇宙におまかせする。自分が苦もなく、楽しくらくにできることをやり続けることもまた、ほんとうの自分を生きることですね。
他人様の承認を得るため、親の顔色を窺って、自分の嫌いなことに精を出すことではなくて、らくで楽しいことをやり続ける。
たまに「穏やかな生活をしたい」との希望をもって、それはどういう穏やかさかというと、人と付き合わない、趣味も持たない、仕事はするけど、退職後の自分ひとりの生活のためにお金を稼ぐ、という考えの方があるのですが、その「穏やかな生活」は、自分への誇りや人生の楽しさから程遠いところにあると思えます。
自堕落な自分を許すことは大事ですけど、ごみ屋敷のなかで、ただただひとりいて、穏やかな生活をしているつもりって、どうなんでしょうね。
ほんとうの自分を生きることが、自分を大好きになる、自分を誇りに思うことであるとしたら、自堕落な何もしない穏やかさとは、ほぼ生きる屍ではないでしょうか。いわば、緩慢な自殺のように思えます。
生きるって、ラクして楽しむこと。そう思えたら、すべてが楽しい。きみちゃん、次女一家が霧島で暮らしてから約2週間、ユタカ君とふたりで毎日料理し、掃除しておりますが、まあ、楽しくてしょうがないですね。
家を建てるのが趣味のきみちゃんは、最期の家を建てたい希望があって、今の自宅は夫婦ふたりには広すぎるので、こじんまりとした家に住みたい希望を持っています。その間取り図を描くのがまた楽しくて、小さい時からほんとに未来の家の間取り図を広告紙のチラシの裏に描いていましたね。
家を建てるって、お金もかかるし、労力もかかる。でも、ほんとうに形になっていくのを観ることができるし、建築家の方、大工さんたちとのやりとりがまた楽しいですよね。
本づくりもそう。編集者のユタカ君とデザイナーの村山さんとの打ち合わせは至福の時間。わくわくします。孫たちと遊ぶのも、本当に楽しい。
昨日は姶良イオンで、れなちゃんのシール爆買いに付き合いましたけど、まあ、なんというか、きみちゃんもまた乙女ごごろをくすぐられて、超楽しい。るい君が車のなかでかける音楽もまた新鮮で興味深いなあ。
要するに、きみちゃん、どんなことも楽しくって、わくわくで、ラクして生きてる。自己犠牲なんてない。今もこうしてきみちゃんはブログを書いておりますが、みんなはリビングで何やらわさわさとやっております。
ポトフも煮てあるし、鮭ときのこの炊き込みご飯もセットしてありますから、ご飯の準備はばっちり。食べたくないときはどうぞどうぞ外食へ。あとはきみちゃんの管轄外。きみちゃんはきみちゃんの時間を大切にしています。
女神きみちゃんは、ブログを書く自分がとても誇らしいし、ブログを書くことがわくわくして楽しいのです。
自分の中心に還るとは、自分を誇りに思うこと。自分を大好きになること。大好きなところが見つからなくても、自分を責めないこと。無条件の愛を自分に向けること。
さあ、そろそろ鮭ときのこの炊き込みご飯が炊きあがります。みんなでお昼にしましょ。きみちゃん、きっとひとり暮らしになっても、こんな風に食べるのを楽しんでいるかもね。
いつもブログを読んでくださいまして大感謝です。皆様を愛しています。今年の年賀状のなかに、カフェにお越しくださったお客様からのものがありました。とても素敵なおもてなしをありがとうございます、また伺います、とのこと。
めちゃめちゃ嬉しいです。2月にはキッチンの改修をして、テラスを拡張して、内庭を眺めながらランチを召し上がっていただく段取りをしています。霧島の大自然のなかでいただくランチ、スイーツ、最高ですよ。
キッチン改修が終わって、3月20日の山桜の花びらが散るころ、きみちゃんの本『まとまりによりかかるな』の出版記念会を開催します。月の舟リニューアル、きりしま月の舟6周年のお祝いをかねて、賑やかにやりたいな。ぜひ、皆様もご参加くださいませね。そして、きみちゃんの本を手に取ってくださいますと、嬉しいです。
ではまた、ブログを書きますね。霧島神宮参拝の車の渋滞がはじまりました。例年よりも渋滞は緩やかです。きりしま月の舟は1月7日からオープンです。七草がゆを作りますよ。どうぞお楽しみに。