きりしま月の舟

静かな豊かさ

2026.01.20更新


 ただいま午前5時。ようやくきみちゃんの理想の一日が再開できます。年末年始、孫たちがいたから、というわけではなく、ここのところ、ずっと朝早くに起きれなくて、気が付いたら、8時半を過ぎている、という日が多かったな。

 きみちゃんは、規則正しい生活が大好きで、つねに自分の生活を整えることを自分に課しているのですが、眠ってばっかりいる自分もしっかりと許して、それを受け入れているし、ちゃんと休ませてあげているきみちゃんって、素敵。

 まだ娘たちが小さい頃、いつも壁に「きみこの一日」というスケジュール表を張り出して、「起床午前5時、朝食午前7時」というように一日のタイムスケジュールを書いて貼っておりましたが、娘たち曰く「この通りにできた日があったっけ?」(笑)。

 あれから30年、きみちゃん、凄いよね。理想の一日がどんどん進化して、ちゃんと生活を整えて、68歳でもこんなに元気で活動的なのは、ほんと、我ながら偉いなあ、と思う。

 それは良いお母さんをしよう、とか、理想の良妻賢母であろう、とかということではなくて、きみちゃん、書くことが大好き、読むことが大好き。だから、できるだけ午前中は書くこと、読むことに費やしたい、というのが理想。そのための理想の一日なんだよね。

 で、午前4時か5時に起きて、7時まで勉強、7時に散歩に出て、霧島小学校の子どもたちの通学を見守り、8時に朝食、9時から仕事開始。午前11時からカフェのお仕事、午後5時にはカフェの仕事が終わるので、ユタカ君と夕方の散歩に出ることもあるけれど、英語の勉強をして、温泉に行って、午後8時に夕食&晩酌という日課が、だいたい定着してきたかな。

 書くこと、読むこと、英語、温泉、晩酌、料理、掃除、そういうことが毎日しっかりと回転していく。かなりできている。仕込みは一日中、野菜の下ごしらえ、お肉を塩こうじに漬けたりとか、魚をさばくとか、何というか、息をするように料理している感じ。だから、カフェのお客様とか孫たちが何人でも大丈夫。どんなときも材料はあるし、どんな料理もちゃちゃっとできる自信があります。

 これからのきみちゃんの人生のメインは、女神ヒーリング。先日も、午前中におひとりご予約があって、午後にもおふたり体験セッションがあって、毎日女神ヒーリングのお仕事が入ります。

 きみちゃん、魂の救済ってことを考えてる。そうじゃないと、女神ヒーリングはできないから。命がけでやってるともいえるし、お客様が笑顔になって、軽くなっていかれるのを拝見すると、良かったな、と達成感とか、わくわく感とかが湧いてくるし、ほんと、全力でやっています。

 その全力を出すためにも、規則正しい生活って、とっても大事だと思います。自分を整えておかないといけないからね。

 さて、昨日はオフ。前回、同級生の祝真一さんが亡くなられたことを書きましたが、きみちゃん、お葬式に行ってきました。18日(日)の夜がお通夜で、19日(月)がお葬式。祝さんはカソリック信者であられたので、教会でのキリスト教のお葬式。

 きみちゃん、キリスト教のお葬式ははじめてでした。前日に、きみちゃんのブログを読んで、教え子のマコちゃんからメールがあり、祝さんは夫さんが関わっているドッジボール協会の世話役ということで、マコちゃんと夫さんはお通夜に行くところ、とのこと。何という、凄いつながり。

 世話役をいっぱいされていた祝さんですから、多方面のお付き合いがあり、お通夜は人がいっぱい来られたそうです。お葬式にも同級生がいっぱい。

 パートナーの愛子さんはしっかりしておいででした。前回のきみちゃんのブログに早速返信してくださって、きみちゃんのブログを亡き真一さんに読んであげたそうです。そして、祝さんご夫妻が、コロナ禍にもかかわらず、オープンしたばかりの月の舟カフェにいらしてくださって、真一さんときみちゃんが「シテイボーイ」「シテイガール」の話をしたことを思い出されたとのこと。

 きみちゃんは全く忘れていたのですが、19日のお葬式で、シテイボーイ真一さんに会いました。美しいお顔で安らかに眠っておいででした。

 真一さんも愛子さんも死を受け入れ、その準備をしっかりされていました。そのお姿の美しいこと。寂しがりやの真一さんに愛子さんはいつも「大好きだよ」「そばにいるよ」と言ってあげていたそう。

 棺の中にみんなで花をいっぱいにして、遺体を美しく飾ったあとに、愛子さんは真一さんのお顔をそっと撫でておいででした。その姿がまた素晴らしくて、光り輝いていました。愛子さん、美しいね。素敵な愛だね。

 弔辞は、真一さんの希望もあって、高校同期会会長の萩原さんが務めました。語り掛ける言葉、友情溢れる言葉、眠れないまま、と言いつつ、ありのままの友情を誠実に語る萩原さんの言葉には迫力と愛が籠っていました。

 キリスト教(カソリック)のお葬式は、聖歌を参加者全員で歌います。それがまた、静かで和やかな雰囲気を生み出し、きみちゃんも聖歌を歌いながら、心が落ち着いて、浄化されていくようでした。

 高校時代は勉強ばっかりで、深い交流はなかったけれど、卒業50年を迎えようとする今、こうして豊かな愛を魅せてくれる同級生たちに、深く感謝します。

 仕事上でも、萩原さんは桜島の文学散歩のときに、きみちゃんを案内人として呼んでくれたし、いつも日置市の生涯学習講座にきみちゃんを呼んでくれる須田木さんも昨日はおいでで、お声掛けくださいました。また月の舟でも朗読していただいた由美さんご夫妻、いつも列車通学で一緒だった鐘ヶ江君、先月、愛子さんと一緒に月の舟にランチに来てくれた安庭さんは受付をしてくださっていましたね。

 こうして振り返ると、なんて静かな豊かさに溢れる方々なんだろう、と感激します。この静けさこそが教養なんだなあ。愛子さんなんて、霧島からお葬式に駆け付けたきみちゃんに、夜にはメールをくださって、「疲れたでしょう」とねぎらうほどの愛の持ち主。愛子さんこそ、皆様にご挨拶されて、お疲れでしょうに、その静かで深い愛のありかたは、愛子さんのその名前の通り、その本質のところから溢れるものですね。

 真一さんの愛と愛子さんの愛は、世界を包み込み、わたしたちに生きる勇気を与えてくださいました。ありがとう。大感謝です。

 きみちゃん、豊かだね。いま、マイペースで自分なりの唯一無二の人生を生きていけること。高校時代に、社会的地位を求めて、あくせくしないで、マイペースだった自分を褒めてあげたい。

 あれから、わが甲南高校からは誰も行かないような、だって、ほとんどが九州大学か鹿児島大学に行くような雰囲気のなかで、日本女子大学に入学して、大学院まで行ったきみちゃんって、ほんと、マイペース。

 ここのところ、きみちゃん、自分のことがさらに誇りに思えるようになった。きみちゃんの可能性はまだまだ大きい。伸びしろがあるよ。68歳だけど、そんなことは関係ない。まだまだ元気で、この世の平和のために、次世代の子どもたちのために、魂の救済のために、全力を尽くしていける。

 さ、もうすぐ午前7時。久しぶりに霧島小学校の子どもたちの通学見守りに行きましょう。

 いつもブログを読んでくださいまして、大感謝です。愛子さん、由美さんはじめ、同級生の皆様、いつもブログを愛読してくださって、本当にありがとう。とっても嬉しい。

 これからも魂が元気になるようなブログを書いていきますね。では、皆様、行ってらっしゃい。