きりしま月の舟

天上天下唯我独尊

2026.01.17更新


 今日の霧島は、とても暖かい。暖房がいらないくらい。うららかな日差しで、まるで春が来たような陽気。年末年始、雪がちらつく日が多かったので、昨日今日の暖かさには安堵感があります。

 今日(1月17日)は、午前10時から村上春樹マラソン。ご参加の皆様と小説『スプートニクの恋人』を読みました。

 少人数ながら、大変盛り上がり、おひとりおひとりが個性的な読みをされるので、とっても新鮮です。きみちゃん的には、『スプートニクの恋人』は、村上春樹の良いところを集めた作品だけれど、チャレンジングなものがなくて、失敗作なんじゃないか、くらいに思っていたら、一番良かった、という方がおふたりもあって、しかもその理由が、全くきみちゃんが読み落としていたところを、高く評価されて、びっくりしたと同時に、ご参加の皆様の読みに、深く感動しました。

 これだから、読書会って面白いよね。読書会をリードするユタカ君も感動して、充実した読書会になりました。いつもこのような素敵な時間を持つことができて、大感謝です。おふたりの方が残って、ランチを召し上がり、そこでもまた大いに話が盛り上がりました。

 ランチが美味しいと言っていただきて、きみちゃんもとても嬉しい。家庭料理の最高峰だというご見解に、こちらの方が癒され、支えられ、感謝いたします。

 さて、今日は「天上天下唯我独尊」という言葉をテーマにします。たぶん、このブログでこの言葉を何度か取り上げてきたと思うのですが、先日また、温泉での瞑想の際に降りてきたので、シェアしますね。

 もともとの意味は、「この世に生まれたすべての命は唯一無二で尊い」。お釈迦様誕生のときの言葉で、お釈迦様は誕生直後に7歩歩き、天と地を指さして、この言葉をおっしゃったそうです。

 きみちゃんの場合、この言葉を使うとき、ひとりであっても未来を生き、進んでいく力がみなぎります。

 温泉に浸かりながら、「親とか子とか夫婦というつながりではなく、自分ひとりの完全なる力を信じよう」という思いがみなぎってきて、子どもや孫のためという以上に、きみちゃんひとりで成し遂げるものとは何か、ということを考えていたのです。そうしたら、天上天下唯我独尊という言葉が降ってきたのです。

 自分が完全なる孤独のなかに放り出されたとしても、家族の理解を得られなくても、世の中からはじき出されても、自分を信じて、自分ひとりでも豊かでいられる境地というのが、きみちゃんにとっての天上天下唯我独尊の意味なのですね。本来の意味から外れているかもしれませんが、やはり自分という核があってこその家族への愛であるし、孫たちの未来を照らす光でありうると思うのです。

 そうでなければ、娘たちや孫たちへの愛に溺れ、ユタカ君に深く依存することになりそうで、つねにきみちゃんは、自分を磨き、使命を生きる決意を新たにしていく覚悟を持ち、かといって力むわけではなく、自然体で愛に溢れた状態で、使命を全うする日常を送りたいと願い、その通りにできている毎日。

 唯我独尊の「我」とは、女神きみちゃんがヒーリングで大切にしている「ハイアーセルフ」に近いものらしいので、ひとりひとりの個性や使命は尊い、という解釈もまた、あながち間違いでもなく、きみちゃんが家族愛に溺れることなく、依存心を持つことなく、自分軸に戻るための言葉として「天上天下唯我独尊」を唱えるのもいいかな、と思っているところ。

 そんな自分軸を形成させていただくのもまた、家族、ユタカ君という存在があり、受講生の皆様、カフェのお客様、女神ヒーリングを受けてくださる皆様のおかげ様という、大いなる宇宙の循環にも気づかされ、さらにまた愛と感謝が溢れてきます。

 2026年が明けて、2週間が過ぎました。次女一家が京都に戻って、仕事を再開してからというもの、毎日たくさんのお客様に来ていただき、女神ヒーリングは4日連続で4人の方が初めての体験セッションを受けてくださいました。明日もまた、女神ヒーリングのご予約をいただいております。

 いろんなことがスピード感をもって、拡大の方向に進んでいることを実感しています。大丈夫、大丈夫、未来は明るい、未来は豊かだよ、と女神きみちゃんがささやいてくれています。

 そんな豊かさに満ちたりた気持ちで、先日は、母校の「甲南塾」に参加してきました。甲南高校の同級生である芝田浩二さんが、2022年からANAホールディングスの社長に就任し、わたしたち同級生の誇りであったのですが、その芝田君が、母校の「甲南塾」で講演するとのこと。在校生への講演なのですが、同級生枠が30席ほどあるとのことで、きみちゃんも、カフェをユタカ君に任せて、参加しました。

 いやあ、素晴らしいお話でした。一時間という短い時間でしたし、インフルエンザの流行があるので、2年1組の生徒さん、修学旅行でANAを訪問した生徒さんたちのほかはオンラインで参加というものでしたが、同級生も17人が参加して、華やかさのある講演会でした。

 芝田君のお話の柱は「視座を広げる」「お互いを尊敬する」「ひとつ上の高みに身を置く」というものだった、ときみちゃんは理解しました。

 芝田君は、社長になる運命にあったというか、その使命を楽しんでいる感じがして、立派だなあ、と思います。貫禄ありますわ。趣味も幅広くて、写真、空手、将棋、スキー、釣りと、仕事と同じくらい、どんなときも、どんな人も大切にしている感じがありますね。

 芝田君は奄美加計呂麻島で産まれ、といってもそこが故郷というわけではなく、ご両親が教師であられて、そこに赴任しての誕生と伺っていますが、この集落の親密さ、自然の豊かさ、さらには台風のときに外国船が加計呂麻島の港に避難してきて、その船を観たことで、世界に飛び立つことを夢見たと言っておられました。

 きみちゃんが今、霧島で晩年を過ごしていることに深い満足感を覚えているように、芝田君にとっての加計呂麻島は源としての位置づけであったのかなあ、と思えます。だから、奄美路線の開発にもずいぶん積極的に取り組まれたようです。

 きみちゃんは芝田君と同じクラスになったこともなく、たった一度だけ、机を運ぶ作業のときに「ああ、こんな重たい机を、こんなにたくさん運ぶのは大変だよ」と言って、手伝ってくださったことがあって、その言葉や親切を、高校卒業後50年経った今でも覚えているのです。

 だから、彼が社長になったときも、やっぱりね、という感じがして、良い仕事をされるだろう、と思いました。

 講演のあとに、同級生で写真撮影をしよう、というときに、みんな名刺をもって挨拶していましたけど、きみちゃんは名刺を最近は持たないので、旧姓を名乗って、芝田君に挨拶したら、「あ、覚えてるよ」と言ってくれて、超嬉しかった。いやあ、それだけで、今日は来た甲斐があったな。

 思えば、高校時代、進学校だったので、大学受験のために、ただただ勉強に明け暮れ、毎日がテスト、テストで、いわゆる青春みたいなシーンはほとんどないのですが、とくにいじめもなく、嫌な思い出もなく、勉強ばっかりで地味な高校生活だったけど、勉強する習慣はおかげ様でついたかな。

 60歳の還暦同窓会からこちら、急速に同級生との交流が深まり、また、きみちゃんの場合は、在職中の同級生が、きみちゃんを仕事上で招待してくださったりと、そういう交流もありましたし、母校って、ありがたいなあ。

 講演が終わってから、かつての女子高校生6人でランチをして帰りました。高校時代と同じく、皆さん、穏やかで知的で活動的で、その豊かな静けさを味わえてよかったな。みんな、ありがとう。

 先ほど、同級生の祝真一君の訃報が届きました。わが学年は同級生同士の結婚、再婚が多くて、先日、月の舟カフェに同級ふたりを連れてきてくださって、いつもこのブログを愛読してくださっている愛子さんは、祝さんのパートナーさんで、わたしたちの同級生です。

 年末年始、真一さんが入院していらしたので、心配していましたが、え?という速さでの訃報です。真一さんは、月の舟の天文館時代に、聖書講座に参加してくださって、ありがたくて、また、愛子さんのこと大好きで、尊敬しているから、実名であえて書かせていただきました。

 いまのきみちゃんにとって、ユタカ君が先に死ぬことは、もぬけの殻になるくらいのショックを与えそうですが、これまでの結婚生活40年の重みと信頼は、それを上回って、悲しみや孤独感はあるけれど、肉体を超えた絆を思い出させる気がします。ユタカ君は肉体はないけど、そこにいる、みたいな感覚でずっと生きていけそう。たぶん、ユタカ君も同じだと思う。

 だから、愛子さんと真一さんも深い絆がおありだから、悲しみはあっても、命は尊いこと、魂は普遍であることを思い出すことと信じています。いっぱい泣いて、いっぱい悲しんで、真一さんとの絆や出会いの豊かさを再認識していかれることでしょう。

 天上天下唯我独尊。きみちゃんの解釈での「ひとりで豊かに深く生き切る力」を思い出す。やはり、自分軸を持つ。自分の道を歩む。ひとりを楽しむ。家族やパートナーとの愛を深めながら、孤独を超えた豊かさを生き抜く、そんな時代の到来。

 天上天下唯我独尊。何度も唱えたくなります。自分を愛することで、世界や宇宙や家族を豊かにしていく生き方をこれからも深めていきます。

 いつもブログを読んでくださいまして、ありがとうございます。愛子さん、大好きだよ。大丈夫だからね。孤独なんて、この地球にはないからね。

 皆様を愛しています。尊敬しています。また、お会いできますことを楽しみにしております。この地球に、わたしたちの周りには、豊かな愛と光と感謝の循環ができていますからね。