きりしま月の舟

春秋優劣論

2026.03.06更新


 3月3日に、大工さんたちが、デッキの完成、キッチンの完成に全精力を注入してくださいました。で、月の舟キッチン改修工事終了!

 わーい、やったー、ブラボー!ユタカ君がフェイスブックに写真を掲載しておりますので、皆様、ご覧くださいませね。内庭を臨むデッキの曲線の素晴らしいこと!あまりに美しすぎて、カバーをかけておきたいくらい(笑)。

 ただ、お皿、お鍋、冷蔵庫の中身の整理、などが山積みで、3月4日はランチをご予約いただいておりましたから、ユタカ君とふたりで、大量のお盆、お皿、茶碗をいちいち洗いながら片づけていき、何とか開店に漕ぎつけました。ランチも楽しんでいただけました。

 いやあ、終わりませんねえ(笑)。膨大な量のお皿、本の整理、そして、こまごまと、あれを買い足して、これも整えて、ということがどんどん出てきて、さらには、我が家の方もいろいろと片づけるところがいっぱいで、毎日買い物をし、ランチを作り、片付けまくって、ふたりして頑張っております。

 皆様、やはり、デッキに感動してくださいますね。新しくおひとりでおいでのお客様のために外を眺めながらのカウンター席も用意しましたし、近々、6人用の素敵な大テーブルが届きますので、おひとりでも大人数でもゆっくりとお過ごしいただけますよ。

 デッキにユタカ君とふたり座って眺めると、わが庭には黄色の水仙、クリスマスローズ、デイジーなどのお花がいっぱい見えて、ああ、春だね、と感動します。植物たちは毎年、きちんと咲いてくれますね。

 ふきのとうもようやく見つけました。待ち遠しかったわ。たった3個しか収穫できていないけど、これからどんどん出てくるでしょうね。

 デッキ横の桜も蕾が膨らんでおります。3月20日の、きみちゃんの出版記念会のときには満開の桜とともにデッキでランチをお召し上がりいただけるでしょう。楽しみですね。

 3月20日の「まとまりによりかかるな」出版記念会へのご参加表明も続々と届き、とっても嬉しいです。恩師の後藤祥子先生は、お花を届けてくださるらしく、思い切り可愛いのにしてね、とお花屋さんに頼んでくださったそう。本当にありがたいです。師というものは、こうあらねば、というお手本を見せてくださって、ありがたい限り。

 ご予約のお客様、そしてふらっと立ち寄ってくださるお客様、どなたも愛おしく、ありがたい限り。苦楽をともにしてきた文学仲間の皆様、女神の師である怜子様、そしてヒーラー&カウンセラー仲間、ご縁をいただきます皆様のお優しさを深く感じる日常に深く感謝いたします。

 世界平和とは、ひとりひとりが幸せであること。誰かを攻撃したり、依存しすぎたり、ないがしろにする、ってことが、世界で起こる戦争と同じものであることに気づき、世界平和とは静かな日常のなかにあることを実感する毎日。

 今日は、きよらセッションの第一号であるM様の初セッション。M様は、かれこれ2年以上、きみちゃんの女神ヒーリングを受講してくださり、これから一年で女神になっていかれます。

 今日も素晴らしいセッションができました。女神きみちゃんも絶好調。これからの進化、成長がとても楽しみです。

 きよらセッションは、「きよら」という言葉どおり、上品で美しい魂の成長を目指します。もちろん、どなたも上品で美しい魂の持ち主ですから、そのことを思い出すためのセッションである、と言ってもいいですね。

 自分には価値がある。そこがベースです。もっともっと頑張らねば、と歯ぎしりして生きるのではなくて、自分を愛し、信頼し、宇宙にゆだねて、すべてを許し、受容するというあり方。

 頑張る、新しい自分になる、という古い価値観ではなくて、自分の中心に還る、というあり方。

 気に入らないから攻撃する。自分を守るために攻撃する。日常的によくやってますよね。ダメンズ好きな優秀な女性の皆様は、「ダメなあいつをなんとかしたい」とおっしゃって、ダメなあいつのダメなところを修正なさって、素直な男性陣は、そんな女性たちの言いなりになって、病気になったりされるものの、全くダメなところは改善されない。

 また自分は他人様の被害者であって、自分の人生がどうにもならないのは、他人様のせいである、というのも、自分の命を大切にしていない生き方ですね。

 そんな人間関係の在り方を、きみちゃん、この68年の人生で、たくさん見てきましたわ(笑)。そのたびに、心屋仁之介(現在はJin佐伯仁志と改名)さんの『ダメなあいつを何とかしたい』という本をプレゼントしまくりましたわ(笑)。ほんと、あの本は名著です。

 いや、笑い事じゃないし、きみちゃんもそうだったかもしれないのだけれど、女神の今は、客観的にそれがよくわかるようになりました。しかもクリアにわかるようになりました。

 女神の師・怜子さんが言われる「位相を変える」ということが、だいぶわかってきたよ。人間、男か女か、日本人か外国人か、地球人か宇宙人か、という分離を越えて、宇宙的な視野で観る。善悪の判断、ましてや常識、非常識の範疇でもないところで、物事や人を観る、ってことですね。だから、良いも悪いもない、男も女もない、正しい、間違っている、というのもない。

 ただ、そこにある。ただ、そこに自分がいて、それは完全なる命であり、その命に責任と自由があり、他人と比べられるものではない。被害者でもなく、承認欲求の権化でもなく、自分を愛しまくって生きていくってことが大事。

 病気であっても、瀕死の状態であっても、どのように自分がそこに「ある」のか。命をかけて何をなそうとしているのか。覚悟をもって、自分の命や魂をどのようにこの世に置いていくのか。このことについては、さらに深めていくので、また書きますね。

 ただいま午後2時。午前中は快晴であったのに、今は雷が鳴り、大雨になりました。お客様の足も遠のいたので、ブログを書いているところ。銀行に出かけたユタカ君は、思いのほか窓口で時間がかかったらしく、先ほど電話があって、買い物して帰ってくるとの報告。(その後、常連さんのYさんが午後3時頃にランチにいらっしゃいました。)

 さて、今日は前回の続きで、源氏物語の宇宙観についてさらに書いていきます。ブログのタイトルにもあげたように、春秋優劣論という言葉があって、春と秋とどっちが好き?どっちがより素敵だと思う?という問いかけが、日本文学の中では、万葉集の時代からあります。

 万葉集巻1(16番)に、額田王は、次のように歌います。

 近江の大津の宮に天の下知らしめす天皇の代

 天皇、大大臣藤原朝臣に詔して、春山の万花の艶(にほひ)と秋山の千葉の彩(いろ)とを競い憐れびしめたまふ時に、額田王が歌をもちて判(ことわ)る歌

 冬こもり 春さり来れば 鳴かずありし 鳥も来鳴きぬ 咲かずありし 花も咲けれど 山を茂み 入りても取らず 草深み 取りても見ず 秋山の 木の葉を見ては 黄葉(もみぢ)をば 取りてぞ偲ふ 青きをば 置きてぞ嘆く そこし恨めし 秋山我れは

 ここでの天皇は天智天皇、藤原朝臣とは藤原鎌足。668年に近江大津宮で即位した天智天皇は、春山の万花のあでやかさと秋山の千葉のいろどりのどちらに深い趣があるかを、鎌足を通じて廷臣たちに問いました。

 廷臣たちはみな、漢詩をもって春と秋の良さを争うようにして詠むのですが、なかなか決着がつきません。そこで、宮廷御用歌人である額田王は漢詩ではなく「やまと歌」をもって、天智天皇の腹のうちを察して、「秋山我れは」と決着をつけるわけです。

 この歌の威力はそのときの場を調和させたばかりでなく、春と秋の趣を競うときのひとつの指標となっていきます。すなわち、秋が優位だと。

 それが源氏物語になると、紫の上の住む春の町が「生ける仏の御国」、つまり極楽浄土のようであり、春の花としての桜、山吹が整然と咲くなかに、紅葉も配置して、春を強調しながら秋の風情も取り入れていく、という庭づくりをします。

 紫の上というヒロインを調和の権化として据え置き、光源氏が愛してやまない紫の上は調和のとれた春を象徴する「樺桜」に喩えられます。

 「秋山我れは」と強く言い切る、成熟した深みのある額田王と違って、紫の上は、調和と優雅さと新鮮さの象徴であるようです。

 春と秋を競い合わせることが最大の贅沢と言えるような日本の四季。そこを千年以上もどちらの季節も堪能しながら生きてきたわたしたち。春と秋は競い合いながら、実は屹立する壮大な美の権化として、そこに「ある」のです。

 源氏物語の宇宙観は、春の美しさ、そしてそれを限定しないで、秋とも調和させる紫の上の美意識に、自然との融合、魂レベルの高さを映し出していると言えます。

 源氏物語のなかでは、紫の上と秋好中宮との歌のやりとりのなかで、はっきりと「春」の勝ち、という伏線が張られているのですが、それは勝ち負けではない、その上を行く、六条院という空間の無限の豊かさを象徴しているようです。

 皆様は、春と秋のどちらがお好きですか?女神きみちゃんは、春が好きですね。次々に花が咲いていき、鳥がさえずり、ふきのとう、新玉ねぎ、新ジャガイモ、と「新」のつくものがどんどん出回って、時期も長いですよね。梅に始まり、河津桜、山桜、ソメイヨシノ、八重桜、山吹、白モクレン、紫モクレン、藤の花と続き、あやめの季節まで、5か月間は優にありますものね。

 けれど、今住んでいる霧島は、秋が素晴らしいんですよ。春よりずっといい。紅葉の映える土地なんですね。

 そうそう、春と言えば「霞」。ここが大事。日本文化って、「あいまい」が好きですよね。生と死の淡い、あの世とこの世の淡い、見えるものと見えないものの境界線のなさ、みたいな。

 次回は「源氏物語における生と死」について書こうかな。いやあ、こんな壮大なテーマをさらりと書けるきみちゃんって、天才(笑)。だって、30年以上も源氏物語を教え続け、あの壮大な物語を20回は通読しているきみちゃんですからね。壮大なテーマであろうと、細やかなことであろうと、おまかせあれ。

 いつもブログを読んでくださいまして、大感謝です。3月20日(春分の日)は、リニューアルされた「きりしま月の舟」にて、きみちゃんの本の出版記念会です。この本は、中村きい子さん(昭和3年 鹿児島県横川町生まれ)の小説『女と刀』を中心に、中村きい子さんの作品について、これまで書いてきた論文を、ユタカ君がまとめてくれたものです。

 源氏物語ではなくて、きみちゃんの本来の専門である鹿児島学関連の本『まとまりによりかかるな』についてきみちゃんが自らトークいたします。

 午前11時から、テレビドラマになった「女と刀」を上映しますし、また、ランチもお召し上がりいただけます。午後2時から、きみちゃんがパワーポイントを駆使して、小説「女と刀」をはじめとして、中村きい子さんの作品世界について解説します。

 鹿児島県内の大学や市民講座で30年近く語り続けてきた内容ですし、学会でも発表したものです。でも難しいことは全くありませんから、ご安心くださいね。薩摩藩のこと、女性の生き方のことなど多岐にわたってお話する予定です。

 皆様からのご質問、ご意見、お受けいたしますよ。みんなでたくさん語りましょう。どなたでも参加できますよ。お気軽にどうぞ。

 ランチやその他の準備がありますので、ご参加の皆様はお電話かメールにてお知らせくださいませ。(090-7536-6672 mokka@po4.synapse.ne.jp) 

参加費は3,300円(ランチ、本代含む)です。できれば、当日、混雑するかもしれませんので、ゆうちょ銀行に振り込んでくださいますと助かります。女神ヒーリングのゆうちょ口座と同じです。

 リニューアルされた月の舟のキッチンに立つと、幸せがこみ上げてきます。ここでランチを作る幸せ。ユタカ君とふたりで力を合わせて仕事ができる幸せ。娘たち、孫たちのいる幸せ。たくさんの素敵な方々とお知り合いになれる幸せ。素晴らしい師匠がいてくださる幸せ。素晴らしい仲間がいてくださる幸せ。

 さあ、明日もさらに豊かになった月の舟オープンですよ。気軽にお立ち寄りくださいませね。お待ちしております。