可能性の扉を開く
2023.12.04更新
12月に入りましたね。あっという間に4日が過ぎています。毎日がものすごく忙しく、毎日が充実して、毎日が愛と感謝に溢れて、最高に幸せな時間を生きています。
先週の7日間は、まあ、わたしの66年の人生が凝縮されたか、というくらいの濃密な時間を過ごしました。
11月28日(火)は、今年の夏に、ひょんなことで知り合い、月の舟にもコーヒーを飲みにいらしてくださった老舗旅館の支配人さんに会いに行き、今後の打ち合わせ。森の中の露天風呂から特別室、そんなに大きな旅館ではないので、ひと部屋ずつ丁寧にご案内くださって、感無量。特別に立ち寄り湯にも入られせてくださって、その気持ち良いこと。
今年の夏に、友人のカフェ「森や」さんで開催した又吉秀和君のオペラ講座にお客様としていらしていて感動されたというまだ若い支配人様。わが息子・娘のような又吉秀和君と室屋麗華さんのミニコンサートは、本当に素晴らしく、わたしたちも感動したので、同じ時間を過ごし、同じ価値観を持つ仲間みたいな気持ちで、その若い支配人様とお付き合いがそれから始まりました。さらに、琵琶の坂田美子先生との繋がりもあるとのことで、仲間だなあ、と思えます。
来年3月24日(日)によしもとばななさんの作品を読み解くイベントをするのですが、そのときに遠くからお越しのお客様にご案内ができるかも、と思ったので、ユタカ君とふたりでその老舗旅館を訪問したのでした。
月の舟のすぐ隣りに高級旅館がありますし、また歩いて行ける距離にもリーズナブルな懇意にしているお宿がありますので、そちらもご案内できますよ。
霧島は、本当に暮らしやすいところで、何が暮らしやすいか、というと、変な競争心がないところ。個性が際立っている、というのか。ありがたいことに、地域の皆様と仲良くさせて頂いています。
自然豊かな田舎なのに、どこか都会的な感じで、他人のことを詮索しないで、尊重してくださる、というのかな。わたしたち夫婦も、この霧島に移住して11年目。これまで一度も地域の方と嫌な思いをしたことがない、という素晴らしい土地なのです。
どちらかというと、けんかっ早いきみちゃんが、こうして穏やかに過ごせるのは、霧島という土地の力。商売人の家で育ち、商売人気質のきみちゃんなので、観光地である霧島は、お付き合いする皆様が観光地を背負う商売人だから、同じ血を持っているのかな。
11月29日(水)は、きみちゃん、午後2時から午後6時まで、オンライン会議。2か月に一回の開催で、いつも長い会議ですが、今回もまた4時間の会議になりました。毎回、厚さ3センチはあろうかという資料が届き、それを読み込むだけで、2時間はかかります。
いつもこの会議では、気が付いたことは全部発言する、と決めて、いっぱい発言しています。医学系の会議なので、資料の中身は専門外でわからないことだらけですが、一般消費者代表のきみちゃんならではの意見を丁寧に発言しています。
まだ月の舟@天文館時代からのお役目ですので、6年目、8年目?わからなくなるくらい長く勤めさせていただいていますが、誠心誠意、お役目を果たして、次の方にバトンタッチしていきますね。
ユタカ君は、その日の夜、南九州出版協会の会議で、車で鹿児島市内へ。ということで、会議三昧の一日。午後10時ごろに帰ってきたユタカ君曰く、「みんな、きみちゃんがいない、と寂しがっていたよ」。ありがとう。行きたいのはやまやまだけど、身体がふたつないとね。
29日、30日と月の舟を臨時休業にして、11月30日(木)は、朝早くから美容院、着付をしてから、来年の島津重富荘での「666祭り」の打ち合わせで、重富荘で写真撮影。
着付けは、いつものように美紀子先生にお世話になりました。素敵な帯も貸してくださって、きみちゃんの着物姿は最高。写真撮影をしてくださった、月の舟専属デザイナーの村山さんが「きみこさん、女優度があがりましたね」と言ってくださるほど、きみちゃん、「わたしは美しい」モードで撮影していただくことができました。
島津重富荘の担当の山下さん曰く「みたけさんの人脈って、どんだけ凄いんですか?」。招待状の数とかいろいろと驚いてくださって、なんだか嬉しい気分。
きみちゃんの還暦祝いで「和の祭典」というイベントを、城山ホテル鹿児島で開催したときの担当だった青年(ごめんなさい、名前を忘れた)も、「みたけさんご夫妻の営業力って凄いですよね。僕たちが15人で営業するところを、みたけさんたちは、ふたりで、しかも150人も集めるなんて、凄いですね」と言ってくださって、そのこともとっても嬉しかった。
ユタカ君とふたりで「かごしま文化研究所」を立ち上げたのが1994年。それから天文館に進出して「月の舟自由大学」を名乗り、それまで千人規模のイベントも何回もやってきたみたけ夫妻。
いつも文化プロデューサーではないし、イベント屋でもないし、と思いつつ、ただただ自分たちがやりたいことを自分たちのやれる限りでやってきて、いつもたくさんのお力を頂き、素晴らしいイベントを開催することができてきた、この30年。
来年2024年は、きみことゆたかの渡英40周年、「かごしま文化研究所」30周年、さらに令和6年6月6日(この日は、わたしたち夫婦の結婚記念日)、さらにきみちゃん66歳と、周年でもあり、6がたくさん続くおめでたい日。ということで、「666祭り」を開催しますよ。
その準備として、招待状作成にあたり、そのデザインを村山淳さんにお願いして、写真撮影をしました。お天気もちょうど良い感じで、重富荘のお庭で撮影したのでした。
打ち合わせも順調に進み、お互いに尊敬と信頼の気持ちが行き交っての時間。カフェ・ド・マリーエさんでお茶もして、デザイナーの村山さんが重富荘ははじめてだけど、素敵なところですね、と言ってくださって、それもまた嬉しいな。
気持ちよい時間を過ごして、帰りに山形屋で買い物をして、霧島へ。翌朝は、仕込みで大忙し。
12月1日(金)は、霧島小学校の持久走大会があり、きみちゃん、全力で応援しました。ちょうど一番苦しい時間が、月の舟の前。きみちゃんは道路を渡り、子どもたちが通る時間に、拍手を送り、「息を整えて」「手も使うよ」とトレーナーみたいな言葉かけもしたり、千早ちゃんとかロサト君とか、めちゃ速い子たちには「新記録だよ」とはっぱをかけて、声がかれるくらい応援しました。
霧島小学校から月の舟までは、歩いても結構な坂道で、慣れない人は息切れするくらいなのに、そこを走る、というのは、ほんと、偉い。子どもたち、ほんと、偉い。尊敬します。
速く走るから尊敬するというよりも、運動が苦手なのに、きちんと最後まであきらめずに走り切る、そんな子どもたちが愛おしくてしょうがないのです。これからも、霧島小学校の子どもたちを、魂から応援していきます。
ということで、12月1日は、なんだかんだと持久走大会が一日を占めてしまいましたが、素敵なお客様もいらしてくださって、「教える」「学ぶ」について、ひととき話し込みました。
12月2日(土)は、午前10時から「古事記講座」。ユタカ君の担当です。ユタカ君は、この講座が終了後、鹿児島市内に出て、鹿児島大学での講座に出席の予定。で、予定通り、車で出発して、大学近くの駐車場に着いた途端、車をぶつけてしまったそうな。それで、保険やさんだの、代車だのの連絡で、聴講予定の「水俣病」の講座は聴かずじまいで、そのまま帰ってきたとのこと。
その日の午後は、きみちゃんのワンオペで、お客様が途切れなくお越しになり、さらに、よしまさ君とゆうかちゃんきょうだいも、ご両親がお葬式に参列とのことで、ずっとロフトで遊んでいたりしたので、賑やかだったのですが、ユタカ君、ほんと災難でした。
ま、そういうことで落ち込むような人でもないし、気を取り直して、ふたりで晩酌して、とっておきのステーキを食べたり、翌日の講座の準備、ZOOMの準備、仕込みと忙しかったので、いつものように忙しい夜を過ごして、寝ました。
12月3日(日)は、「きみこ源氏ひとり語り」の講座。この講座も残すところあと2回。「源氏物語」最後の女君「浮舟」について語ります。
藤壺とか紫の上とか明石の君は、どうにもこうにも非の打ちどころのない最高の女性として描かれますが、浮舟は、お琴も弾けない、和歌もろくに詠めない、ただただ素直な美しい女性。
その女性がふたりの貴公子に求愛されて悩みに悩み、自殺未遂をし、さらに出家をする、という最後の部分を、受講生の皆様と読みました。
きみちゃん的には「手習」の巻の、浮舟が出家したあと、手習に心を支えられる部分が重要とみて、そこを話しました。
自殺未遂、出家という2度の「死」を経て、浮舟は、はじめて自分の心を見つめる時間を持つ。自分の和歌をすさび書きして、それだけで心満たされる。本格的に出家したことで心が晴れ晴れした上に、自分の内面を言葉にすることで、さらに癒される、という構図。
大きな問題提起がなされています。浮舟という女性を、ただ美しく素直なだけの女性ではなく、平安時代だけではなく、現代を生きる女性すべてに潜む、個を生きる、という欲求、振り回されずに、自己意識を高くもって、自己実現していきたいと願うその思いを出家後の手習に読み取る。
うーーん、きみちゃんの天才の見せどころですな。源氏物語を通算20回は読んでいる、きみちゃんならではの読みを、次回12月17日(日)には提示していきますね。皆さまのご質問もお受けします。どなたでもご参加できますし、ZOOM参加も可能です。お待ちしています。
さて、来年の3月24日は、「よしもとばなな「王国」探訪」と題して、シャーマンの中越真理さんときみちゃんのふたりで、「よしもとばななの世界」を探訪していく企画をいま勧めていますが、それに伴って、ばななさんの作品をいま読み漁っているところ。
今朝読んだ「小説家としての生き方100箇条」に「人の言葉で書かない」という項目が最初にあげてあって、ほんとそうだな、と納得。「時代を見る」「媚びない」「いつも全部を観察する」とかいっぱい書いてあって、ほんと納得がいくなあ。
その言葉ひとつひとつが紫式部のそれでもあり、また不肖、物書きの端くれ・女神きみちゃんの言葉でもあるような、そんな共感で満たされています。
「死」を冷静に観察する、紫式部とよしもとばなな(吉本ばなな)。優れた観察者であるなあ、という感慨とともに、不肖・きみちゃんも観察者であるのだ、と自覚するこの頃。
昨日12月3日は、きみちゃん、本当は、自分の講義が終わったら、鹿児島市内に出て、長女夫婦の大学時代の恩師である岡室先生の講演を聴きに行く予定でした。岡室先生は、長女の結婚式にも参列してくださったのでした。長女にもそのことを伝えると、「感想を聴かせてね」とLINEで返事が来ていたし、「阿修羅とミシン」という向田邦子の脚本に関するご講演で、わたし自身、「かごしまの文学」を専門とする上でも、大変興味深いものであったのですが、午後から出かけることを断念したのでした。
というのも、2日にユタカ君が車をぶつけた、というのは、きみちゃん、出かけないで、ということかな、と思ったのがひとつ。もうひとつは、どうも今日はヒーリングのお客様がいらっしゃる気がする、というのがひとつ。いつも日曜日はお客様が多いので、ユタカ君のワンオペでは申し訳ない、というのがひとつ。もうひとつは、2日においでの予定のT先生がお越しにならなかったので、もしかしたら、3日の間違いだったかな、ということもあって、行くことを断念しました。わたしも残念。長女も残念。
ところが、やはり行かずに良かったのです。講座も終え、その後のお客様もひと段落したあと、「久しぶりに、こんなに丁寧なご飯を食べました」と涙ぐむお客様。ちょうど、他のお客様が途切れたときだったので、いろいろとお話しました。そして、そのままきみちゃんの女神ヒーリングタイムへ。
いやあ、良かった、行かなくて。そのお客様は、とっても元気になって、笑顔になって帰っていかれました。きみちゃんも大満足。
ほんと、皆さま、凄いなあ。みんな一所懸命生きておいでだ。誠実に生きておいでだ。きみちゃんは、そこにそっと寄り添い、その方のハイアーセルフ(潜在意識)の声を聴くだけなのですが、これがまた凄いパワーで、一気に人生が明るくなるような威力があるのです。
それは、わたしの言葉ではなく、その方の神様(潜在意識)の声であるので、とっても納得されるのです。ずっと逢いたかった言葉に逢う、みたいな。その方自身の神様が出現する瞬間なのですよね。
よしもとばななさんも「人の潜在意識に読んでもらうための本」と自分の小説を定義しておられます。
よく顕在意識に表れるのは5%で、95%が潜在意識のなかで眠っている、と言われます。本当にその通りで、エネルギーワークで潜在意識に繋がると、その95%のいくらかが出てきて、その人の人生を本来の方向に導いてくれるのです。
女神ヒーリングをするたびに、そのことを実感します。さらに、ヒーリングを重ねていくと、どんどん自分の可能性の扉が開いていくので、女神ヒーリング、とってもおススメです。自画自賛ながら、本当におススメです。気軽に受けてくださいね。
よしもとばななさんの作品、源氏物語を読むこともまた、潜在意識を紐解き、自分の可能性を拓くきっかけになるかもしれません。
やはり、作家って、巫女、シャーマンなのですね。潜在意識の言葉を引っ張り出す力を持っている。
僭越ながら、きみちゃんもまたシャーマンです。だから、このブログでもイベントでも文学講座でも、世界の潜在意識を引っ張りだし、たくさんの方の可能性の扉を開けるエネルギーを全開にして、取り組んでいきたいと思っています。
お、なんだかんだと2時間以上もこうしてブログを書いております。そろそろ、ユタカ君と散歩に行きますね。
あ、そうだ。昨日、やはり霧島にいて良かったのが、午後3時過ぎに、霧島小学校のヒカル君がお兄ちゃんとお父様とコーヒーを飲みに訪ねてきてくれたこと。話が弾んで、最高の時間でした。お兄ちゃんは6年生で、きみちゃんの社会科の授業を受けてくれて、「とてもわかりやすかったです」と言ってくれて、嬉しかったなあ。
ということで、毎日、嬉しいことだらけ、愛と感謝に溢れた日々を過ごす幸せ。今日もブログを読んでくださいまして、ありがとうございます。ぜひ、文学講座、ばななイベント、666祭りもお越しくださいませ。潜在意識を活性化して、ご自分の可能性の扉をいくつも開いていきましょう。お待ちしております。