きりしま月の舟

無条件の愛(追悼・岩本雅樹)

2022.10.24更新


 オフの今朝、寝室の窓を開けると、それはそれは清々しい空気が部屋に流れ込み、樹々の緑は優しく世界を包み込んで、「ああ、なんて美しく、平和な世界だろう」と思えました。

 寝室の窓から見える景色は、霧島神宮表参道の松林。大木がとても頼もしいのです。夕方になると、夕焼けを程よく遮ってくれて、かすかに樹々の間からのぞく太陽の光が、これまた世界を美しくしてくれます。

 ああ、幸せだなあ。リビングのロッキングチェアにもたれながら眺める我が家の内庭もまた、夜明けの光に照らされて、ぞくぞくするような美しさ。こちらは、朝焼けの光が美しく、太陽があがりながら、低い角度で我が家の庭を照らし出してくれて、太陽を身近に感じます。

 霧島のこの家に住んで、大満足。大幸福。大歓喜。大感謝。四方を自然に囲まれて、ありがたいかぎり。

 いつもは午前4時とか5時とかに起きて、ランチの仕込みをしたり、授業準備をしたりしますが、オフの月曜日は、ゆっくりと起きます。

 ベッドのなかのまどろみの時間が、また至福の時間。ユタカ君は毎週月曜日、ゴミ出しをしてくれるので、午前7時に起きて、ゴミ出しをしたら、またベッドに戻ってくるのですが、それからふたりで世間話をする時間もまた至福のひととき。

 昨夜、わたしは亡き父の夢を見ました。父が今夜暴れるかもしれない、と自分で言うのです。お医者さんに安定剤を貰わなかった。じゃ、わたしが聴いてあげるよ、と言って医局に問い合わせている間に、父が暴れだして、長女たちとなだめているところで目が覚めました。

 生きているときの父そのまま。安定剤なんて飲んではいなかったけど、暴れる自分をどうしようもなく思い、申し訳なく思っている父。そんな父の夢を見ました。

 その夢の話をすると、ユタカ君は「ふーーん、そうだったんだ」と言います。特に論評することもなく、そうだったんだね、という感じ。その受け答えがわたしにはありがたい。わたしもまた、穏やかな気分で、ちょっと緊迫していた夢を反芻します。

 亡き父が夢に出てくることはそうはないので、懐かしい感じでした。

 さて、一昨日、友人の岩本雅樹さんが亡くなったことを知りました。雅樹さんの元婚約者のFさんからお電話を頂いたのでした。

 雅樹さんは、わたしが鴨池公民館で文学講座を持っていたときの受講生。もう20年くらい前になるでしょうか。田植えが終わって、講座に駆け付けたとのことで、雨靴を穿いておいででした。文学好きの青年でした。

 わたしより一歳上で、そのころわたしの仕事場であった「木家(もっか)」を観たい、とおっしゃって、伊集院にあった木家を訪ねてくださったのでした。

 木家で雅樹さんとあれこれ話し込んでいたら、そこへユタカ君がふらっと現れて、「どちらのご出身ですか?」と聞くと、「神奈川県です」と雅樹さん。「じゃ、どちらの高校ですか?」と聞くと、「小田原高校です」と雅樹さん。

 あらあ、ユタカ君と同じ高校出身ではないですか。しかも、一学年下。文芸部に所属していたユタカ君を知っていた、と雅樹さん。「そんなはずはない。俺は目立たない人間だから」とユタカ君。

 それからひとしきり話が弾んで、以来、雅樹さんは、わたしたちがイベントをするときには必ずスタッフとして参加してくださり、天文館時代の月の舟にもよく通って来てくださって、源氏物語は一日中(当時は、一日4講座やってました)、聴いてくださって、勉強熱心でした。

 難病の弟さんがおいでで、ご両親は早く亡くなり、天涯孤独の身になりそうだから、と死んだときのために、串木野、冠嶽のお寺さんに住んでおられました。亡くなったのは、お寺ではなくて、別の場所に家を借りて、住んでおられたそうです。

 そのお寺さんからの連絡で、元婚約者のFさんにつながり、Fさんがわたしに連絡をくださったのでした。Fさんとはもう少しで結婚、というところまで行かれたのですが、Fさんのお父様が厳しく、怖い方だったらしく、結婚します、の報告を相手のご両親にできないまま、一緒に暮らすこともなく、Fさんは難病(再生不良性貧血)がわかってからの雅樹さんの猫を預かって、育てているとのこと。

 雅樹さんは、小柄で痩せていて、ファイト、という雰囲気から程遠い男性でしたけれど、とても優しさに溢れ、いつもわたしたち夫婦の側に静かにいる、という方でした。

 最近、なぜかしきりに雅樹さんのことを思い出していたのでした。というのも、社会生活を営むのには、パワーとか工夫とか学力が足りなくて、どうしても失敗が続きがちになる方々が、お寺さんとか、そういうところで、まず衣食住が安定しているような場所で、安心した、リラックスした生活をしながら、自分の能力を活かす仕事に就けていけたらいいのになあ、と思って、その前例として雅樹さんを思っていたのでした。

 雅樹さんは、学力が高い人でしたけど、それを仕事に活かすことはなく、どちらかというと、苦手な重労働とか、底辺の仕事を好んでやっていた感じがあります。

 資本主義社会が怖い、くらいな感じで、会社勤めをして、安定したお給料を稼ぐ、ということを意識して避けていたような。

 わたしに資金力があって、一億円くらいが天から降ってきたら、みんなで共同生活ができる場を創るのになあ、と思っていたこの頃、雅樹さん、どうしているかなあ、と思い出していたところに、訃報の電話。

 ちょうどその日、性空堂さんに行く用事があったので、お坊様の聖法さんに聞いてみたら、「死ぬ前に、知らせてくれて、ありがとう、という気持ちが大切ですね。でも、49日までは動かないで、49日過ぎたらお詣りされるといいですよ。周りの人が動くと、死んだ魂がどこに行ったらいいか、迷うから」と教えてくださいました。

 本当は、今日にでも、冠嶽のお寺に伺いたいところですが、少し気持ちを落ち着けて、雅樹さんのことを思い、こうしてブログにしたためます。きっと、わたしのこのブログで、雅樹さんの死を知る方も多いでしょうから。

 わたしは最近、いわゆる資本主義社会の波に乗り損ねている人のことを考えるのです。わたしだって、会社勤めはあまり好きではなく、組織に属さず、逆に自分の居場所を自分で創ってきた人間なので、資本主義の外側で生きている実感は強いかな。でも、わたしの場合、ユタカ君もいるし、実家もパワフルだし、娘たちもパワフルだし、まわりの力も大きいし、わたし自身も自分で稼ぐ力があるので、ついつい力を発揮できない方々に気を取られてしまうわたしを感じています。

 何もわたしができるわけがないのに、その人たちの力になりたい、と切望するわたしがいる。

 思えば、雅樹さんがあるとき、彼の友人を助けてほしい、とわたしとユタカ君に頼んできて、わたしたちはその方を全く存じ上げなかったし、助ける理由もなかったので、それは無理、と断ったら、それ以来、雅樹さんとは音信不通になったのでした。

 わたしの周りにいる社会的弱者(この言い方はちょっと嫌だけど)の皆様も、なぜか人のお世話ばかりする人が多いなあ。わたしも自分のことだってままならないのに、ついつい他人様の世話をしたがる。一億円、天から降ってきたら、まず自分が使えばよいものを、他人のためのケアハウスですってえ(笑)。

 おいおい、まず自分のことからでしょ。そう思いながら、昨日、はっと閃きました。

 そうか。わたしって、自分への無条件の愛を忘れていたなあ。いつも自分を褒めることは褒めるけれど、頭の良いわたし、出来の良いわたし、おしゃれなわたし、努力するわたしを褒めて、素のわたし、ただ存在するだけのわたしに対する無条件の愛が足りなかったなあ。

 きみちゃん、そのままで素晴らしいよ。生まれてきてよかったね。みんなに出会えてよかったね。ユタカ君、娘たち、孫たち、お婿さんたちに出会えてよかったね。文学講座の生徒さんたちに出会えてよかったね。たくさんの芸術家の皆様、文学の先生方に出会えて、良かったね。

 わたしたちが他人様のためにできることなんて、ほとんどない。自分の人生は、自分で切り拓しかないんだよね。

 それに、かわいそうな人って、この世にいないんだよね。ここが間違いのもと。かわいそうな人を助けることで、自分を強く見せようとする矛盾。

 まず、わたしに一億円が天から降ってきたら、まず、月の舟のキッチンをテラス側に移動して、月の舟を講座・イベントに広く使えるようにしたい。皿洗いやお掃除を手伝ってくれる人、パソコンでオンライン講座の編集をしてくださる方を雇いたい。

 そうしたら、わたしの仕事がランチのメニューを決めるだけ、こうしてブログを書いて、授業をして、文学に専念できる体制になるよね。孫たちのところへもしょっちゅう出向いて、旅もたくさんしたいよね。おしゃれももっとしたいなあ。美味しいものも食べまくりたいなあ。女神塾も充実させたいよね。たくさんの人が人生を楽しく豊かにするお手伝いがしたいよね。

 雅樹さん、ありがとう。雅樹さんのおかげで、自分への無条件の愛を思い出したよ。出会いはすべて宝だね。

 わたしは人間が大好きだから、出会った人すべてを全力で愛おしみたい。それでいいんだよ。きみちゃん。自分のこともろくにできないくせに、人助けだって、という突っ込みを自分に厳しくしていたかもしれない。努力する自分を恥ずかしい、と思っていなかった?

 いやいや、もう大丈夫。わたしは努力するわたしが大好き。怠け者、うそつきは嫌いだ。自立する人が好きだな。それでいいんだ。嫌いなものがあっても、いいんだよ。

 いや、思うに、わたしたちは、愛されたいんだよね。愛されたくて、嘘をついたり、できない自分を隠したりする。親の期待に応えようとして、無理をする。

 他人の期待に応えなくてもいい。自分の生き方をしようよ。そう思える今朝。

 さ、今日はブログを書いて、月の舟通信の巻頭言を書いて、いろいろと溜まった用事を済ませて、夕方4時には、テレビの前にスタンバイしないと。

 月の舟に紅茶を提供してくださっている香輝園さんの看板娘、百合絵ちゃんと茜ちゃんが、MBC南日本放送の「かご4」に出るんですって。楽しみだね。皆様も応援してくださいね。11月5日、6日に知覧である紅茶祭りの宣伝なんですって。

 月の舟でも、11月13日に「アリスのお茶会」開催です。百合絵ちゃん、平原しほさんのお力添えで、きりしま月の舟で、お茶とお菓子の出店祭り開催です。

 やはりイベントがあったほうがいいよね、ということで、急遽、味噌づくりをやることにしました。アリスのお茶会と味噌作りという組み合わせが、とっても月の舟らしい(笑)。

 ユタカ君が味噌作りをしたい、と、実家の味噌作り道具を借りてきていたので、ちょうど良い機会です。

 11月13日(日)午前10時~味噌が出来上がるまで。簡単な味噌作りをしますので、それほど時間はかかりません。できたお味噌はお持ち帰りできますよ。大人千円。大学生以下500円。お申込みは、月の舟まで(090-7536-6672)。

 紅茶、日本茶、お菓子、野菜の出店もあります。愉しんでくださいね。

 11月3日(祝)は、「香りで愉しむ源氏物語」。午前10時から13時まで。ランチ付きで、参加費3千円。着々と予約が埋まっています。残席わずか。お早めにお申し込みくださいませね。お待ちしております。ズーム参加もできますので、メール(mokka@po4.synapse.ne.jp)くださいませ。折り返し、URLをお送りします。

 11月18日は、薩摩琵琶コンサート、こちらも続々お申込みを頂いております。引き続き、お申込みを受け付けます。ズーム配信もいたしますので、先程のメールにお申し込みくださいね。

 「光る君へ」プロジェクトも順調に企画が進んでいます。次の月の舟通信にて詳しいお知らせをしますので、楽しみにお待ちください。

 そして、いよいよ今週10月26日、27日、28日の3日間、霧島小学校で「きみちゃんの作文教室」。先日、校長先生、教頭先生、2年生の担任の先生と打ち合わせをさせていただき、すでにもう楽しすぎました(笑)。きみちゃん節、炸裂だよん。霧島小学校のみんな、待っててね。楽しい言霊あそびをしようね。

 さらに、11月15日から、毎週火曜日連続4講座、鹿児島県立短大にて「鹿児島学」講義。いやあ、楽しみすぎる。鹿児島県立短大の学生さんたち、待っててね。楽しい時間を過ごそうね。そうそう、ガイダンスのとき言い忘れたけど、わたしもお弁当を持っていくから、授業が終わったら、一緒に食べよう。県立短大の庭は、お弁当を食べるのに最適だよね。

 わたしって、勉強するのが、何より好きなんだなあ。授業の予習をするのが大好きなんだなあ。

 鹿児島市内の講座、ひまわりクラスも、「おくのほそ道」で終わりになります。霧島を拠点にしていきたいので、わたしも生徒さんたちも寂しいけれど、これでお別れではないし、これから新しい発展があるし、もうひまわりクラスの皆様は、ご自分で勉強される力が十分ついておいでですから、気持ちの良い卒業ができます。お付き合いはこれからも続きますからね。よろしくお願いいたします。

 さ、そろそろ、次の仕事に取り掛かりましょう。いつも、ブログを読んでいただき、ありがとうございます。とっても嬉しいです。

 11月1日午後8時より、月の舟オンラインサロンです。いつも素敵なオンラインサロンができて、とっても楽しいです。参加無料で、出入り自由ですので、気軽にご参加ください。HP「きりしま月の舟」の新着情報にURLが貼り付けてありますから、そちらからお入りくださいませ。ぜひ、皆様とお会いいたしましょう。感謝を込めて。