きりしま月の舟

僕は、自分のやることが大好きなんだ。

2022.09.05更新


 8月31日、京都から鹿児島に帰ってきました。鹿児島に帰ってから、毎日があっという間に過ぎて、ブログもちょこちょこ書いては、文学講座、仕込み、その他の出来事に追われておりました。

 8月30日、孫のれなちゃんが、「明日はおばあちゃんが帰る日だから、おばあちゃんと一緒にいる」と言ってくれて、一日中、散歩したり、買い物したり、ピアノのお稽古をしたり、行きつけのコーヒー店に付き合ってもらったり、おしゃべりして過ごしました。素敵で、充実した時間でした。

 前回のブログで、源氏物語「桐壺」8の動画をアップします、と宣言しておりましたのに、まだなのは、れなちゃんと遊んでいたからです(笑)。そのうちにアップしますので、ぜひご覧になって、源氏物語の凄さを感じていただけたら、と思います。

 31日朝も、れなちゃんは学校に行く前に泣くので、校門まで一緒に歩いて行きました。家を出てすぐに「健康調査票」を忘れた、と言います。わたしが走って取りに帰って、しばらくすると、今度は「朝顔の種」を忘れた、とまた取りに帰って、と、今どきの小学一年生は忙しいねえ。

 コロナ禍で、黙食だの、大きな声を出しちゃいけないだの、毎日、体温を計るだの、いろいろやること、やってはいけないことが格段に増えてきたみたい。

 そりゃあ、緊張するねえ。校門のところに立っておられた校長先生が、れなちゃんを引き取ってくださって、寄り添ってくださって、ありがたい限り。

 きみちゃんは、前の晩から、孫のルイ君とれなちゃんを鹿児島に連れて帰ろうか、いやいや、と何度も思い直しては、行ったり来たりの気持ちでしたが、何とか、校門を潜って、教室に入ったれなちゃんを見届けて、ほっとしつつも後ろ髪をひかれる思いで、鹿児島に帰って来たのでした。

 そして、鹿児島に帰ってみると、また以前の生活にすぐに戻ることができて、我ながら、偉いなあ、と感激しています。パラレルワールドを瞬時に移動している感覚だわ。

 れなちゃんもルイ君も元気だそうで、何より。れなちゃんはひとりでできることが増えたみたいで、それもまた一安心。子どもの成長を信じて、応援していくしかないね。

 きりしま月の舟では、ユタカ君がわたし不在の間をがんばってくれて、ずっと休みにする予定でしたが、ちょこちょこオープンして、カレーを出していた模様。10人のご予約が入ったり、とか、なんだかんだ知り合いの皆様が立ち寄ってくださって、ユタカ君は大健闘。

 わたしが帰り着くなり、ユタカ君は「緊張の糸が切れた」と言っておりました。ひとりで回すには、仕事量も多く、掃除する範囲も広いので、2週間もご苦労さん。いつもありがとう。

 9月1日が源氏物語、2日が万葉集、3日が古事記の講座があり、4日の女神塾はお休みして、又吉秀和君出演のオペラ「フィガロの結婚」鑑賞へ。またしても、ここでユタカ君はお留守番ですけど。ランチの仕込みもあって、一気に仕事が加速しています。

 そんな中で、2日夕方、カフェの片づけをしながら視聴したYouTubeの動画の言葉が、とても胸に刺さり、深く感じるところがありました。

 そのYouTubeは、オプラ・ウインフリーさんのインタビュー番組で、歌手のファレル・ウイリアムスさんの「ハッピー」という曲が世界的にヒットしたことについて、ふたりが話している内容。

 「ハッピー」という曲は、2013年11月21日にYouTubeで楽曲が発表されると、爆発的にヒットし、世界中でファンがアレンジした動画がアップされる、という事態になりました。

 そのファンの動画を観ながら、オプラとファレルが語り合うシーンが、わたしが観て感動したYouTubeです。ファンが世界中でアップしてくれる動画を観ながら、ファレルは泣きじゃくりながら、言います。

 「僕は、自分のしていることが大好きなんだ。そして感謝している。みんな僕のことを長い間信じ続けてくれて、一緒にやってくれる。そして「この感覚」を味わえる世界に到達させてもらえた」

 この感覚というのは、自分を超えた何かに「圧倒される感じ」らしい。

 オプラは涙を拭いてあげながら、こう言いました。

 「あなたの歌が世界中でヒットする理由がわかったわ。クリアな空間から降りてくるエネルギーが一切何の抵抗を受けることなく、ハートからハートへと流れたからね。」

 いやあ、これって、わたしへの巨大なメッセージだなあ、と思いながら、夕方の片づけをしておりました。5分にも満たないような短いYouTubeの動画なのに、なぜか、これまで無数に観てきた動画をはるかに超えた大きな刺激をもらいました。

 ファレルさんが言う「自分のしていることが大好き」ということを、わたしは言いたかった。わたしがいろんなイベントを組むのは、「ただ好きだから、ただやりたいから」、それに尽きるのです。

 芸術振興だの、お金を稼ぐだの、ほぼ考えない。一ミリも考えない(ちょっとは考えろよ、という声が聞こえてくる、笑)。

 ただ、天から降ってきた企画がきちんと進んでいくのを、ただ自分は神の意思に従うように、あるいは自分の心のままに、予定を組み、段取りをし、ゲストや出演者と打ち合わせをし、そのすべてがいつだって大成功。

 予想以上の成果をわたしたちに運んでくれて、みんなで歓びあうことだけがあります。いつもいつも、そうだなあ。ブーイングとか一切ないなあ。

 もちろん、舞台上での反省点はいろいろありますよ。あの音、あの照明、あの言葉、もっと練らないといけないな、とか、あの一秒の戸惑いが空気を変えるな、とか。

 でも、何だろう、わたしって、いつも遠慮してた。わたしって、イベントのプロじゃないしね、わたしのわがままでやるだけだしね。などと考えて、遠慮してたなあ。

 出演者の皆様やシンポジストの先生方も、「むちゃぶりのきみこさん」と言いながら、結構、楽しんでくださっているし、またやりましょう、とすべての先生方がおっしゃってくださるし、月の舟のイベントは最高なんだなあ、と思うのですよね。

 先月の「蒲原有明シンポジウム」も、先生方が安心していっぱいお話しくださいましたし、参加者の皆様が心から楽しみ、充実した時間をお過ごしなのが、よくわかりました。やってよかったなあ、と思うことばかり。

 わたしの遠慮が、クリアな空間からのエネルギーをどこかで止めていたかもしれないなあ。わたしは、もっと自分のやることを大好きだ、って言っていいんだなあ。

 まあ、なんと言いましょうか、なんだかんだ30年も、こうしたイベントや文学講座を続けてきて、わたしって凄いなあ。わたしは自分のやることが、やっぱ大好きだわ。

 わたしのやることを嫌いな人がいても、それはしょうがないね。わたしの母は、「あんた、しゃべりすぎ」「あんた、出しゃばりすぎ」「あんたの着るものがいつだって嫌い」と、いつも言っていましたし、「ふん」という態度で、わたしの世界を観る方もあるでしょう。

 でもね、他人の言葉で、深く傷つくことがあるとしたら、それは自分への警鐘の言葉だと思えばいい。わたしは、わたし自身のピュアな世界に、こうした「ふん」という感覚を入れ込んでしまっていた。だから、「大好き」という言葉を封印していたかもしれません。

 わたしたちは、わたしたちの存在を脅かすものを、自分の世界に入れてはいけません。もっと言えば、他人を自分の世界に簡単に入れ込んではいけない。それが親であっても、夫であっても、どんなに愛する人であっても。愛する人に気に入られるようにすればするほど、愛は遠のき、自分軸がボロボロになりますからね。

 自分の世界、というものがあって、その世界を尊重しあうことで、自分の世界の広がりがあるわけです。自分ひとりの豊かな世界がまずあることが大前提です。

 わたしには、直感で降りてくるアイデアがあって、それを大好きで、やりたいなあ、と思う自分がいて、歌いながら、踊りながらやり始める自分をまた楽しんでいる、というのがまず大前提。そこに、わたしのアイデアに賛同して、一緒に踊りながら、歌いながらやってくれる人がどんどん増えていく。

 いま、ユタカ君はいつだって、わたしのことを全肯定して、横にいてくれます。わたしの世界に侵入しては来ないし、ああしろ、こうしろ、こんな言葉で傷ついた、というのも全くないですね。彼は彼の世界で寄り添ってくれている。

 だから、孫支援に行くときも、わたしは娘たちの世界を尊重して、ただただ寄り添います。それが、最高の愛だと思うのです。もちろん、ここまでは片付けて、とか、ゴミ箱に入れて、とか気になることはちゃんと言いますよ。我慢なんてしませんし、自己犠牲なんてもってのほか。

 本当の母の愛とは、母性とは、その存在を全肯定することです。他人を尊重することです。厳しい言葉を言って、相手を矯正することではない。

 わたしはこれまで、自分のやることを「大好き」という感覚がなかったなあ。自分のやることは、全く世の中の役に立たない、くだらないことだ、というような思いが、かなりくすぶっていたかもしれません。

 わたしはわたしのやることが大好きです。この「大好き」という言葉で、何かがすっぽーーんと抜けた気がします。周りへの信頼は、誰よりもある、と思っていますが、自分の存在だけではなく、「自分のやることが大好き」という感覚を思い出させてくれた、あのYouTubeの動画に大感謝です。

 さあて、9月10日は十五夜コンサート、9月11日の女神塾。連続でいきますよ。めちゃめちゃ楽しみーーーー。

 わたしはわたしのやることが大好きです。そして、出演してくださる3人のかぐや姫たち(室屋麗華さん、又吉のぞみさん、與那嶺なつきさん)が大好きなんですよね。美人で音楽性豊かで、素晴らしすぎる。存在そのものが輝いていますよね。

 9月11日の女神塾の特別ゲスト、丸塚聖法さん(性空堂住職)も、美しいイケメンなお坊様で、お話も見事。どんな質問にも答えてくださいます。まだ38歳なのに、ぶれない芯を感じる方です。きみちゃんもユタカ君も大好きな青年です。まだお会いして間もないのに、信頼感半端ない。

 十五夜コンサートは残りわずか。ほぼ満席ですが、ああ、参加したいなあ、と思う方は遠慮なくお申し出くださいませ。9月11日の女神塾は、まだ若干余裕があります。ぜひぜひ、この機会に、聖法さんのお話を伺いましょうよ。心からお待ちしております。

 十五夜コンサートを聴いて、霧島に泊まり、温泉に浸かって、翌日、女神塾に参加する、というのもおススメですよ。夏の疲れを、霧島で癒してくださいませね。

 霧島に帰ってきて、やはり、霧島、最高、と思えます。朝、起きた時、窓を開けると、我が家の庭の緑が目に入ります。栗の実、無花果の実がまだ青いまま、これからの完熟の時を待っています。桜の葉がほぼ落ちました。夏の終わりで、冬への準備ですね。

 昨日は、鹿児島市内の宝山ホールで開催されたオペラ「フィガロの結婚」を鑑賞しました。きりしま月の舟はユタカ君に任せて、月の舟常連さんの有馬さんと八ケ代さんのおふたりをお誘いして、わたしの車で出かけました。60代、70代の女3人で、わいわい車の中でおしゃべりして、行きも帰りもあっという間に着きました。

 台風で嵐を予測していたのですが、雨も風も穏やかで、軽トラで高速をぶっとばして鹿児島市内に到着。宝山ホールに着くと、知ったお顔にいっぱい出会います。大好きな方々ばかりに会いますわ。

 わが息子のような又吉秀和さんは、今回、伯爵役。重要な役どころです。モデルをするくらいイケメンなのですが、芯が誠実な人柄なので、「女ったらし」をどう演じるか。

 又吉君は、歌声も演技も、本当に素晴らしかった。村人さんに、知り合いの上村加代子さん、中原公子さん、徳尾さんが出演されていて、皆さん、堂々として、素晴らしかったね。

 マスクをして、イタリア語で歌う、という至難の技をやってのけられたことに、まず大拍手。個性が際立った演出、字幕の翻訳も良かった。オーケストラも小編成ながら、美しい音だった。素敵だった。ピアノの希歩ちゃん、美しい音をありがとう。

 でもね、「フィガロの結婚」もハチャメチャみたいで、実は真実の愛を求める話だなあ、と鑑賞しながら、きみちゃんは思いましたよ。女ったらしの解釈をもっと深めないといけないなあ。

 午後2時から午後6時近くまで、延々4時間の公演を終えて、出演者も達成感でいっぱいでしたでしょうが、わたしたち鑑賞者も豊かな気持ちで、車の中で大いに笑い、おしゃべりして、また霧島へ戻りました。

 又吉秀和さんには、来年、光源氏の役をやっていただこう、と決めています。又吉君も張り切ってくれて、パートナーのなつきさんも併せて、源氏物語のなかで最も美しい場面をやっていただこうと、きみちゃんは張り切って、「自分のやることが大好きな」感覚で、邁進しております。

 わたしは、源氏物語の専門家だもの。最高に源氏物語を愛し、尊敬しているもの。こんな素晴らしい物語は他にはない、と思っているもの。さあ、やろうじゃないの。

 10月から、鹿児島県立短大での鹿児島学が始まります。これまた、わたしの大好きな空間「鹿児島学」。宇宙のことはしゃべれないけど、鹿児島の文学については、いっくらでも愛を持って話せるきみちゃん。

 この鹿児島学の講義は、100名以上の学生さんに出会うので、これまた楽しみ。100名でもひとりひとりと深くコミットしていきますよ。最高傑作の学生さんたちに出会うことが、とっても楽しみです。

 今日、明日、とお休みですが、やること満載。明後日は、ひまわりクラスの「おくのほそ道」が久しぶりの講義だわ。皆様にお会いするのが、とっても楽しみ。

 さあ、これからお昼ごはんを頂いて、始動。「いま」を大好きで埋め尽くしますよ。

 いつもブログをご愛読いただきまして、ありがとうございます。このブログを書くことも、わたしの大好きなことのひとつ。わたしを信頼して、読んでくださることに深く感謝いたします。

 源氏物語30分深堀り動画、もう少し、お待ちくださいね。授業風景収録分はアップしておりますので、気軽にご覧下さいませ。いつもありがとうございます。